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2016年9月26日 (月)

花束を君に

   残り僅かな期間の間に、どうしても表題の件が気になって
    また登場しました。

 NHKの連続ドラマ「とと姉ちゃん}を毎朝見ている。
其の主題曲の宇多田ヒカルの「花束を君に}が毎回冒頭に流れている。
毎朝聞いてるが、歌詞はある程度はわかる。どうしてもよく聞き取れない
ところがあったのでWebで検索してみた。
次のような歌詞だ。

 普段からメイクをしない君が薄化粧をした朝
 始まりと終わりの狭間で
 忘れぬ約束した

 花束を君に贈ろう
 愛しい人 愛しい人
 どんな言葉並べても
 真実にはならないから
 今日は贈ろう 涙色の花束を君に

 毎日の人知れぬ苦労や淋しみも無く
 ただ楽しいことばかりだったら
 愛なんて知らずに済んだのにな

 花束を君に贈ろう
 言いたいこと 言いたいこと
 きっと山ほどあるけど
 神様しか知らないまま
 今日は贈ろう 涙色の花束を君に

 両手でも抱えきれない
 眩しい風景の数々をありがとう

 世界中が雨の日も
 君の笑顔が僕の太陽だったよ
 今は伝わらなくても
 真実には変わりないさ
 抱きしめてよ たった一度 さよならの前に

 花束を君に贈ろう
 愛しい人 愛しい人
 どんな言葉並べても
 君を讃えるには足りないから
 今日は贈ろう 涙色の花束を君に

 という歌詞だが、{とと姉ちゃん」の主題曲として
 何かしっくりしないような気がするが、こう解説している。
 
小橋家では父親の竹蔵が亡くなる。
 大切な人を亡くした悲しみや、別れを綴った曲だそうです。
 そういえばわからないことはないが、宇多田ヒカル本人は
 どんな気持ちでこの歌詞を書き、曲を作ったのだろう。

  沢山の人がそれなりの解釈をしてるが、あるヒカルに詳しい
 音楽関係者が、次のように述べている。私の感じたことも含めて。
 ヒカルの母親 藤 圭子のこだ。
 
  圭子は、1951/07/05岩手県一関市で生まれ、その後、北海道旭川で
 貧しい環境で育った。あることがきっかけで、東京の音楽関係者に
  スカウトされ上京。
 1969年9月{新宿の女}で歌手デビュー。
  私は、初めて見た時、エキゾチックな感じの日本的顔立ちの
 美人だと思った。その容姿に似合わず、ドスの効いたハスキーボイス
 で、次々にヒットを飛ばし、中でも「圭子の夢は夜ひらく」は大ヒット。
 一躍、大スターへと上りつめた。その時期、クールファイブのボーカル、
 前川 清と結婚。すれ違いの生活から、わずか一年で離婚。
 突然、引退を表明、アメリカに渡る。その後、芸能界復帰。
 ミュージック事務所経営の宇多田氏と再婚。ヒカルが生まれる。
 アメリカニューヨークで3人で音楽活動。
 ヒカルのアメリカでのデビュー。そして全米でトップの座に躍り出る。
  
  それが原因かどうかは知らないが、 彼女の浪費癖が始り、
 ニユーヨークのケネディー空港での大金の剥奪事件は世間を騒がせた。
 5年間に5億円使ったとか、娘、ヒカルの自慢話をしていたとか、
 話題になった。このことで家族間に、軋轢が生じ、再婚夫とも別居し、
 孤独の生活が始まる。その頃から、精神的な病を抱えるようになり
 遂には自殺という結果で、2013/8/22 62才で突然、その生涯を閉じる。。

  ヒカルは2010/08から約5年半、活動をを休止。母の死の時は、ロンドンに     滞在。
 四日後に帰国。密葬の場面に出会う。花束を抱え、ただ、呆然と立ちつくしていたという。
 今までの母との心の葛藤、母の死の真実に直面し、自分の感情をコント  ロール できなかったのだろうと、関係者は話す。  
 活動休止中の2014/05にイタリア人男性と再婚、翌年、長男を出産。母となる。   

      ところで歌詞のことだが、いろいろ解説はあるけど…
  最初の薄化粧とは死出の死化粧。次の{始まりと終わりの狭間で
  忘れぬ約束した}は何を意味してるのだろう。
    小橋家の家訓の約束ごとかな?
   始まりとはあの世への旅立ちの始まり?あるいは自分が生まれたれた   時、
  ともとれるが、終わりとは?母の死んだ今?
  忘れぬ約束とは?これだけは本人に聞いてみなければわからない。

   心の中にうごめく母への葛藤。聞きたいこと山ほどあが、死んでしまった
  今は何も聞くことは出来ず、真実はわからないまま。
   どんな言葉並べても称えきれない程偉大な母。沢山の眩しい場面を作ってくれた母。
  どんな時も優しく包んでくれた母。でもたった一度でいい、抱きしめてほしかった、
  心の願い。でもそれはかなえられなかった。
  今となっては、私の愛しい人に、沢山の花で飾って、私の涙で染まった沢山の
  花で飾って送ってあげたい。母となったことで、少しは母に対する感情が
  変わったのかもしれない。
   まさに彼女の心の叫びであり、ドラマの竹蔵の死と重ね合わせた
  母への鎮魂歌である。
  なるほどそう解釈するのが、一番妥当であると感じた。
   

  あれほど、東日本大震災に協賛した彼女のこの歌が、熊本地震の
  翌日に配信されたのは疑問が残る。

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚

      
  お付き合い頂きました皆様に、私からも気持ちばかりの花束を
  お贈りいたします。桜色の花束です、と言っても昔描いた水彩画です。    

Img_0003_2

              ( 写真の表面が一部剥げて白い傷がついています)    

Img_0001 Img_0002
    

Img_0004

 

Dscn8490                     

                         ボクのことも沢山見てもらってありがとう。

                  (多分、見たことのある水彩画だと思います)

      ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪

         随分前の発表会の時の記録が見つかりましたので、
      UPします。拙い演奏ですが聞いて頂ければ幸いです

                   エンタティナー   

     二重奏です。1stがメロディー、2ndがコード伴奏で私です。
     途中で交代しての演奏。最後はまた、元に戻ります。

 

                                   「小さな日記.wma」

    三重奏です。1st 2ndはメロディー、3rdはコード和音の伴奏で
    私が演奏。私なりにアレンジしました。同じく発表会のものです。

    ソロもあったのですが、記録がないようで見つかりませんでした。

         この頃は、たまに趣味的に合奏をやっていますので、記録は

    ありません。 

 

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コメント

「花束を君に」は私も聞きとれなかったですが、よくわかりました。
複雑な家族関係の彼女と母親のことが、歌と関係していたのですね。
いろいろなことがわかりありがとうございました。
花束、こちらが差し上げなければいけないのに、ありがとうございます。
以前、夢閑人さんからいただいたアジサイの絵を大切に保存して時々見ています。さっきも見ました。
とてもお上手。絵に、ギター音楽にとこれだけでもとてもお忙しくて素敵な毎日ですね。
在りし日のリキちゃんの絵もいいですね。飛び出してきそうです。リキちゃんも天国でお父さんを励ましてね。
夢閑人さん、100歳過ぎてもきっとお元気でしょう。いつまでも忘れませんからね。

こんにちは
 
TVは字幕を出して見ているので、1番の歌詞だけはよく知っていましたが、
2番3番となると初めて。このような歌詞で歌っていたのですね。
ヒカルさんご自身のこれまでの人生、ドラマの中の人々の人生、
広く世間の人々の人生、それぞれに重ねながら聴ける歌ですね。
ドラマもあと4回でお終い。これまでより真剣に聴いてみようと思います。
 
優しい色使いのすてきな花束(絵画)をありがとうございます。
リキちゃんの絵も。そして演奏も。
ご趣味や楽しみがたくさんあるのは素晴らしいことですし、
元気と長生きにもつながりますね。 どうぞ、ずっとずっとお元気で。
たまーに、インターネットを覗かれる機会があって気が向かれましたら、
まだ続けているかな?とチラッと覗いてみて下さいね。

☆ tonaさん ポージィさんへ

 お二人とも早速有難いコメント有難うございます。
最初このドラマを見た時、歌詞も何故この主題歌なのかと
よく意味が解りませんでしたが、Webでかりました。
いよいよ今週でお終いですね。

 藤 圭子はデビュー当時から知ってました。、宇多田ヒカルは娘だと
いうことは知っていましたが、活動状況はあまりよく知りませんでした。
彼女が日本で活動するようになって、なるほどこういう歌手だったのかと
分かりました。今年33才。一児の母にもなったことだし、少しは落ち着いて
きたと思います。シンガーソングライターとしては、天才的素質を持ってる
と思います。これからの活動を期待します。

 PCからしばらく離れ、その時間を他に向けたいと思っています。
趣味の中でもギターはすべて自分で音を作り出す楽器だけに、
演奏技法も多く、個性も出るものなので奥深く、割と難しいものかも
しれませんが、自分でアレンジしたりして、合奏などは音の魅力に
限りがありません。手足と頭が動く限り続けるつもりです。
これも長生きの一端かもしれません。

tonaさんが、聞いたことがないとおっしゃっておられましたので、
昔の発表会のVHSテープから採り、アップしました。
お二人とも聞いて頂いて、嬉しく思います。

 10月末には、故郷の鹿児島に帰り、残った友人知人たちと同窓会でも
しようと思っています。
 
 秋の花の球根の植え付けも始めます。まだまだやることはいっぱいあります。
勤めて活動的に生きていきたいと思ってます。

 友達や、ギター友との連絡もありますのいで、携帯は持ち続けます。
そのうちスマホに変えたら、皆様のブログにもまたお伺い出来るかと思います。
 しばしお別れします。今まで有難うございました。

 お元気で!


 

夢閑人さんありがとうございました。

私も毎朝ドラマは見ており、主題歌も聞いてはいるのですが???なかなか難しい。
ちょうど音楽が流れる頃はまだバタバタとしております。
夢閑人さんの解説で理解できたというところ、ありがとうございました。
あと3回ですね、じっくりと聞きましょう。
宇多田ヒカルは赤ん坊の時にママ藤圭子に抱かれニューヨークのケネディ空港から
成田に到着、ちょうど私も子供を連れて帰国した時でした。
娘にその話をすると飛行機から降りてきたときに
大勢のカメラマンがいてびっくりしたことは覚えていると。
ずいぶんと昔の話です。

素敵なギター演奏、そして花束の絵、リキちゃんの絵ありがとうございました。
パソコン教室がご縁で楽しい思い出をいただきました。
これからもどうぞお元気でお過ごしください。

☆ コーヒーさんへ

 そうでしたか。藤 圭子の帰国に出会わしたとは偶然ですね。
驚かれたことでしょう。

 藤 圭子も波瀾万丈の人生でしたね。あの華やかだった頃の記憶
だけが強く印象に残っています。まあいろいろ世間を騒がした
事件もありました。あの容姿からはとても考えられなかったことでした。
 夫と別居してからのことは、あまり話題にもならず、忘れていました。
それが、突然報じられたマンションからの飛び降り自殺のこと、びっくりでした。
 
 娘のヒカルは、その母との別居の間、母に対していろいろ聞きたいことが
あったに違いありません。葛藤が続いたと思います.
いろいろ、調べて分かって来て、この歌の意味が、ドラマの中の、竹蔵のこと、
花山のこと、母のこと、そしてまたその死と重なった意味もあるような気がします。
 
 ブログでお付き合いが始まって何年になりますかね。
いよいよ今月末、明日でインターネットは閉じます。ブログは残します。
 携帯は必要ですので、そのうちスマホに変えたらまた通信が出来るかもしれません。
しばらく体も、眼も休めます。

ギターは今となっては私の生き甲斐みたいなもの。頭と体が続く限り続けたいと
思っています。聞いて頂いて有難うございました。
 お元気でお過ごしください。有難うございました。

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