日記・コラム・つぶやき

2017年6月26日 (月)

今日は何食べますか?

 妻が生前、いつも15時ごろになると「今日は何食べますか}と聞いてくる。

それに対し、面倒くさいから、いつも「なんでもいいよ]と、半分いい加減に

答えていた。心の中では「鳥もも肉のから揚げが食べたい」と思っていた。

でも、面倒くさがるだろうと思って言えなかった。

 でも、夕食には「から揚げ」が並んでいた。

ちやんと好みを知っていて、多分食べたいのではないのかと、まさに

以心伝心だと思って感謝する。昨年の10月12日のことでした。

 翌13日の夕食は「カボチャの煮物」に前日の残りの「から揚げ」を

食べ、これからの老後のことををいろいろ話した。

 風邪気味だったので薬を飲み、早めに20時半ごろ寝た。

23時ごろ、娘に起こされて、現実を知る。

あらゆる手を尽くしたが、奇跡は起こらなかった。ただ茫然。

 最後に、「人に迷惑をかけないで、ぽっこりと逝きたい。

年の順とは限らないよね」と言った言葉がいやに心に響く。

何も話せぬまま、誰にも看取られないで逝ったことが心残り。

 あれからもう8か月あまりが過ぎた。一人暮らしに慣れてきたとはいえ、

何か穴が開いたようで物足りない。ふとした時、いろんなことを思い出す。ま

 孫たちも「ばあちゃんのから揚げは、お母さんのより全然おいしい」と言って

喜んで食べていた。確かに「外はカラットしてて中はジューシー」まさに唐揚げ

だった。そんなえ唐揚げがもう食べられないのは残念だ。

何時か挑戦してみよう。

 


1498555009164.jpg


カボチャの子供がやっと大きくなりはじめました。最初のものは、肥料不足で、だめでした。
今度は大丈夫でしょう。
収穫できたら、料理して、供えたいといと思います。あの、最後に食べた味を思い出しながら。なんと言われるかな'?

 ナスがたくさんてきたので、今日はナスの
ピリ辛味噌煮を作りました。
味はいいが、ちょっと辛い。
赤唐辛子かちよっと多かったみたい。
食べられないことはありません。
次から、辛子を考えましょう。
トウバンジャンはいいかも? 

2017年6月16日 (金)

変わった

 現住地の町に来て、早30年余り。この頃は林の中に住宅が

散在してた。田舎だなあと感じていた。

それが今や、住宅地の中に林が点在する感じで、周りには

3か所残るのみとなった。

 来た初め、前の林は、窓から四季折々の自然の豊かな姿が眺められ、

庭の植え込みにも、ホホジロ、シジュウガラ、ウグイスも来ていて

間近かに見られました。

 招かざるヒヨドリも来て、ピラカンサやセンリョウの、せっかく赤く熟した

実を食べてしまいます。

 昨年から、大事に残してるミカンの実までつついて食べてしまいます。

 ウグイスは今年も鳴いていました。 

 

 赤松はすべて枯れ、山桜も枯れてなくなった。

今、若い山桜が1本残るのみ。でもまだコブシやエゴノキなどが

残っているのは嬉しい。ヤツデも残っています。

 ノイチゴは相変わらず増えています。

あんなにあったヤマツツジが姿を消しました。

いま、次のような木の花が咲いています。

名前はわかりません。

Img_0249_5 Img_0396

                    2017.06/16撮影

          クリックして大きい画像をご覧ください。

 

  2~3年前まで、夏の朝鳴いていた「かっこう」の鳴き声も聞かれなく

  なりました。かわってカラスが朝早くから鳴いてうるさいです。

  どうも、前の林をねぐらにしてるようです。夜中にも鳴いてることが

  あります。

  リキがいなくなって、餌がないので、庭にはこなくなりなました。

 

  スズメもほとんど見かけなくなりました。

 でも、2週間前、林の草刈りをした後、たくさんのスズメたちが来て、

 雑草の種を食べていました。やっぱりいたのですね。

 普段はどこにいるのでしょう。電線に止まってるのも見かけません。

  前の空き地にたくさん来てた名前はわからないが、くちばしの黄色い、

 体は真っ黒く、尻尾の長い小鳥。全く見かけなくなった。

  虫の鳴き声は変わらないようです。

 夏の蝉、ヒグラシに、秋のコオロギ。いいですね。

 そういえば、あんなにたくさんいたカブトムシが、あまり見かけなくなりまし

 た。 

 人の手が入り、遊歩道が出来、憩いの場になったため、自然の形態が

 壊れたからでしょうか?。生き物、植物は変化に敏感ですね。

 午後4時過ぎです。北の空が真っ黒くなり、遠くで雷鳴がしてます。

前の林がざわめき、雷鳴が近くなり、大粒の雨が降り出し、たちまち

激しい豪雨となりました。乾ききった土地に恵みの雨。植物たちは

喜んでいます。ひとしきり降った後、空が明るくなり、止みました。

今まで空振りだったのに、今日はやっと予報が当たりました。

窓を開けると涼しい風が快いです。

 

 国会も、会期末までに、今国会の最大法案の「テロ等準備罪」の

法案が可決成立し、都議選もあるし、あわよくば、「加計学園」問題も終りにし

ようと思っていただろうが、国民の世論に押され、ぽつりぽつりと本音を出し

た。

今までの嘘の発言に対しては「謝ればいい」と言わんばかりに、頭を下げる。

政治家というのは護身のために「如何に嘘をつきとおせるか」と言うことだと

感じた。正直者が馬鹿を見る世界だ。国会の審議のテレビを見てて全く国民

を馬鹿にしてると思って腹が立つ。そんな議員も国民が選んだのだから、

自業自得かもしれない。

 安倍総理も強引な政治に変わった。後を継ぐ者は今のところいないだろう

と、また、支持率が下がらないから傲慢になっているのだろう。

田原聡一郎氏が言う。自民党議は安倍の「Yes man」になってると・・・

これじゃ北朝鮮と同じだ。

野党も頼りない。ミニ政党が多すぎる。与党、野党の2大政党政治が

望ましいと思う。

 

2017年5月 2日 (火)

激しい通り雨

1494209187512.jpg

1494209188610.jpg

 

一昨年春に苗を植えたオステオスペルマム。植えっぱなしで越冬。毎年、

春になると芽ぶいて、大きくなり、今年はたくさんの花が咲いています。

春先と花後に液肥をやるだけ。ほとんど手間いらず。

  ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…

ものすごい雨音と雷鳴にふと目が覚める。 薄暗い。すごい雨の音。

窓をつけ抜ける光。 いま、何時だろう? したばらくすると雨も止み、

光が差してくる。雨に濡れた林の新緑 の葉がきらきらと眩しく光る。

 

17042906_6

今年もつるばらかがきれいに咲いたね。 妻と、リキがいる。

三人で楽しく話している。 他にも庭にはたくさんの花が咲いている。

花はちゃんと季節を知っているんだ。

三人でしばらく話が弾む。

 私は何処にいるのだろう? 夢が覚める。

椅子に座って、うとうとしてた自分がそこにいる。

外は眩しい光が輝いている。

2016年9月26日 (月)

花束を君に

   残り僅かな期間の間に、どうしても表題の件が気になって
    また登場しました。

 NHKの連続ドラマ「とと姉ちゃん}を毎朝見ている。
其の主題曲の宇多田ヒカルの「花束を君に}が毎回冒頭に流れている。
毎朝聞いてるが、歌詞はある程度はわかる。どうしてもよく聞き取れない
ところがあったのでWebで検索してみた。
次のような歌詞だ。

 普段からメイクをしない君が薄化粧をした朝
 始まりと終わりの狭間で
 忘れぬ約束した

 花束を君に贈ろう
 愛しい人 愛しい人
 どんな言葉並べても
 真実にはならないから
 今日は贈ろう 涙色の花束を君に

 毎日の人知れぬ苦労や淋しみも無く
 ただ楽しいことばかりだったら
 愛なんて知らずに済んだのにな

 花束を君に贈ろう
 言いたいこと 言いたいこと
 きっと山ほどあるけど
 神様しか知らないまま
 今日は贈ろう 涙色の花束を君に

 両手でも抱えきれない
 眩しい風景の数々をありがとう

 世界中が雨の日も
 君の笑顔が僕の太陽だったよ
 今は伝わらなくても
 真実には変わりないさ
 抱きしめてよ たった一度 さよならの前に

 花束を君に贈ろう
 愛しい人 愛しい人
 どんな言葉並べても
 君を讃えるには足りないから
 今日は贈ろう 涙色の花束を君に

 という歌詞だが、{とと姉ちゃん」の主題曲として
 何かしっくりしないような気がするが、こう解説している。
 
小橋家では父親の竹蔵が亡くなる。
 大切な人を亡くした悲しみや、別れを綴った曲だそうです。
 そういえばわからないことはないが、宇多田ヒカル本人は
 どんな気持ちでこの歌詞を書き、曲を作ったのだろう。

  沢山の人がそれなりの解釈をしてるが、あるヒカルに詳しい
 音楽関係者が、次のように述べている。私の感じたことも含めて。
 ヒカルの母親 藤 圭子のこだ。
 
  圭子は、1951/07/05岩手県一関市で生まれ、その後、北海道旭川で
 貧しい環境で育った。あることがきっかけで、東京の音楽関係者に
  スカウトされ上京。
 1969年9月{新宿の女}で歌手デビュー。
  私は、初めて見た時、エキゾチックな感じの日本的顔立ちの
 美人だと思った。その容姿に似合わず、ドスの効いたハスキーボイス
 で、次々にヒットを飛ばし、中でも「圭子の夢は夜ひらく」は大ヒット。
 一躍、大スターへと上りつめた。その時期、クールファイブのボーカル、
 前川 清と結婚。すれ違いの生活から、わずか一年で離婚。
 突然、引退を表明、アメリカに渡る。その後、芸能界復帰。
 ミュージック事務所経営の宇多田氏と再婚。ヒカルが生まれる。
 アメリカニューヨークで3人で音楽活動。
 ヒカルのアメリカでのデビュー。そして全米でトップの座に躍り出る。
  
  それが原因かどうかは知らないが、 彼女の浪費癖が始り、
 ニユーヨークのケネディー空港での大金の剥奪事件は世間を騒がせた。
 5年間に5億円使ったとか、娘、ヒカルの自慢話をしていたとか、
 話題になった。このことで家族間に、軋轢が生じ、再婚夫とも別居し、
 孤独の生活が始まる。その頃から、精神的な病を抱えるようになり
 遂には自殺という結果で、2013/8/22 62才で突然、その生涯を閉じる。。

  ヒカルは2010/08から約5年半、活動をを休止。母の死の時は、ロンドンに     滞在。
 四日後に帰国。密葬の場面に出会う。花束を抱え、ただ、呆然と立ちつくしていたという。
 今までの母との心の葛藤、母の死の真実に直面し、自分の感情をコント  ロール できなかったのだろうと、関係者は話す。  
 活動休止中の2014/05にイタリア人男性と再婚、翌年、長男を出産。母となる。   

      ところで歌詞のことだが、いろいろ解説はあるけど…
  最初の薄化粧とは死出の死化粧。次の{始まりと終わりの狭間で
  忘れぬ約束した}は何を意味してるのだろう。
    小橋家の家訓の約束ごとかな?
   始まりとはあの世への旅立ちの始まり?あるいは自分が生まれたれた   時、
  ともとれるが、終わりとは?母の死んだ今?
  忘れぬ約束とは?これだけは本人に聞いてみなければわからない。

   心の中にうごめく母への葛藤。聞きたいこと山ほどあが、死んでしまった
  今は何も聞くことは出来ず、真実はわからないまま。
   どんな言葉並べても称えきれない程偉大な母。沢山の眩しい場面を作ってくれた母。
  どんな時も優しく包んでくれた母。でもたった一度でいい、抱きしめてほしかった、
  心の願い。でもそれはかなえられなかった。
  今となっては、私の愛しい人に、沢山の花で飾って、私の涙で染まった沢山の
  花で飾って送ってあげたい。母となったことで、少しは母に対する感情が
  変わったのかもしれない。
   まさに彼女の心の叫びであり、ドラマの竹蔵の死と重ね合わせた
  母への鎮魂歌である。
  なるほどそう解釈するのが、一番妥当であると感じた。
   

  あれほど、東日本大震災に協賛した彼女のこの歌が、熊本地震の
  翌日に配信されたのは疑問が残る。

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚

      
  お付き合い頂きました皆様に、私からも気持ちばかりの花束を
  お贈りいたします。桜色の花束です、と言っても昔描いた水彩画です。    

Img_0003_2

              ( 写真の表面が一部剥げて白い傷がついています)    

Img_0001 Img_0002
    

Img_0004

 

Dscn8490                     

                         ボクのことも沢山見てもらってありがとう。

                  (多分、見たことのある水彩画だと思います)

      ♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪

         随分前の発表会の時の記録が見つかりましたので、
      UPします。拙い演奏ですが聞いて頂ければ幸いです

                   エンタティナー   

     二重奏です。1stがメロディー、2ndがコード伴奏で私です。
     途中で交代しての演奏。最後はまた、元に戻ります。

 

                                   「小さな日記.wma」

    三重奏です。1st 2ndはメロディー、3rdはコード和音の伴奏で
    私が演奏。私なりにアレンジしました。同じく発表会のものです。

    ソロもあったのですが、記録がないようで見つかりませんでした。

         この頃は、たまに趣味的に合奏をやっていますので、記録は

    ありません。 

 

その他のカテゴリー